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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)212号 判決 1999年2月25日

東京都渋谷区上原二丁目一三番一二号

甲事件原告(以下「原告」という。)

大谷享子

東京都渋谷区上原二丁目一三番一二号

乙事件原告(以下「原告」という。)

大谷キミ

東京都渋谷区上原二丁目一三番一―三〇一号

丙事件原告(以下「原告」という。)

中村美嘉子

東京都渋谷区上原二丁目一三番一二号

丁事件原告(以下「原告」という。)

大谷裕巳

右四名訴訟代理人弁護士

山田二郎

土屋東一

岩﨑淳司

佐藤貴夫

五十嵐チカ

東京都渋谷区宇田川町一番一〇号

被告

渋谷税務署長 下条親紀

右指定代理人

加島康宏

井上良太

清恒夫

森重良二

主文

一  甲事件の訴えのうち、被告が平成六年一一月一四日付けでした原告大谷享子の更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の通知処分に係る訴えを却下する。

二  原告大谷享子のその余の訴えに係る請求及びその余の原告らの各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

被告が、亡大谷貴義の死亡により平成三年五月一七日に開始した相続に係る相続税につき、原告大谷享子に対していずれも平成六年一一月一四日付けでした原告大谷享子の更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の通知処分及び課税価格九億九八五九万七〇〇〇円、納付すべき税額六億〇六七四万八三〇〇円とする更正のうち、課税価格六億二三五九万七〇〇〇円、納付すべき税額三億七八一五万三八〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定を取り消す。

二  乙事件

被告が平成五年分の贈与税につき、原告大谷キミに対して平成六年一一月一四日付けでした、課税価格三億七五〇〇万円、納付すべき税額二億五一一八万円とする決定及び無申告加算税の賦課決定を取り消す。

三  丙事件

被告が平成五年分の贈与税につき、原告中村美嘉子に対して平成六年一一月一四日付けでした、課税価格五二二〇万円、納付すべき税額二七六四万円とする決定及び無申告加算税の賦課決定を取り消す。

四  丁事件

被告が、亡大谷貴義の死亡により平成三年五月一七日に開始した相続に係る相続税につき、原告大谷裕巳に対して平成六年一一月一四日付けでした課税価格一二億三〇七一万円、納付すべき税額七億四七九五万六五〇〇円とする更正のうち課税価格一一億二六三一万円、納付すべき税額六億八三四八万六八〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成三年五月一七日に死亡した亡大谷貴義(以下「亡貴義」という。)の相続の係る相続税に関連して、共同相続人である原告ら(各原告はその名に「原告」を冠して示す。以下同じ。)及び木下吉右(以下「木下」といい、原告らと合わせて「本件相続人ら」という。)が、同年一一月一二日、遺産分割協議(以下「第一次分割」という。)を行い、その後に第一次分割の対象とされなかった財産につき更に遺産分割協議(以下「第二次分割」という。)を行い、右両分割協議の結果に基づいて、原告享子において更正の請求、原告裕巳において修正申告をしたところ、被告は、第二次分割において原告享子、原告裕巳が負担することとされた代償債務のうち、右両原告が取得することとされた積極財産を上回る部分を右両原告からの贈与であって、これを相続税の課税価格から控除することはできないと判断して、いずれも平成六年一一月一四日付けで、原告享子に対して、原告享子の更正の請求につき更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)並びに相続税の更正(以下「原告享子に対する更正処分」という。)及び過少申告加算税、重加算税の各賦課決定(以下「原告享子に対する各賦課決定という。)をし、原告裕巳に対して、相続税の更正(以下「原告裕巳に対する更正処分」といい、原告享子に対する更正処分と合わせて「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「原告裕巳に対する賦課決定」といい、原告享子に対する各賦課決定と合わせて「相続税に係る各賦課決定」という。)をし、前記代償債務に係る代償金を受領することとなる原告キミ及び原告美嘉子に対して、それぞれ平成五年分の贈与税の各決定(以下「贈与税各決定処分」という。)及び各無申告加算税賦課決定(以下「贈与税に係る各賦課決定」という。)をしたため、原告らにおいて、右各処分(ただし、原告享子及び原告裕巳に対する前記各処分については、原告享子及び原告裕巳において不服申立てをした範囲の部分。以下「本件各処分」という。)の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等(乙第七号証)

(一) 亡貴義は、平成三年五月一七日死亡した。

(二) 亡貴義の相続関係は別表(一)記載のとおりであり、本件相続人らは亡貴義の共同相続人であって、原告キミが妻、原告享子が嫡出子、木下が非嫡出子、原告裕巳及び原告美嘉子が死亡した養子の代襲者である。

2  本件相続人らによる亡貴義の遺産分割協議の経緯等(甲第二号証、第四号証の一、第五ないし第七号証、乙第四、第五号証)

(一) 亡貴義死亡当時、亡貴義が有していた財産は別表(二)の第一次分割の内訳欄に記載された財産(以下「第一次分割財産」という。)及び第二次分割の内訳欄に記載された積極財産から「代償債務」、「代償債権」及び「第一次分割財産」を除いたもの(以下「第二次分割財産」という。)であった。

(二) 亡貴義死亡後、原告享子は定期預金既経過利息を除く本件第二次分割財産の大半を管理していたがその事実を他の本件相続人に知らせなかったため、本件相続人らは、第一次分割財産について遺産分割協議を行い、平成三年一一月一二日付けで、別表(二)の第一次分割の内訳欄記載のとおりの内容の遺産分割協議書(乙第四号証。以下「第一次分割協議書」という。)を作成し(第一次分割)、原告キミを除く本件相続人らが、同月一八日、第一次分割協議書に基づいて作成した相続税の申告書をそれぞれ被告に提出した。

(三) 東京国税局は、平成五年四月一三日、当初の申告について相続税法六〇条に基づく調査を開始したが、同年六月二九日には、査察調査に切り換えた。

本件相続人らは、同年七月三一日、第二次分割財産の全部をキミに取得させることとして第二次分割財産についての遺産分割の協議を行い、その結果を税理士白岩光則(以下「白岩税理士」という。)に連絡した。同年八月一〇日、原告美嘉子を除く本件相続人らが白岩税理士の事務所に集合し、右協議に基づく分割案を白岩税理士及び税理士中村誠司(以下「中村税理士」という。)から提示されたが、右分割案では、原告美嘉子及び木下が新たに財産を取得しないにもかかわらず、全体の納付税額が増加し、相続税の税率が高くなり、右両名の納付税額が増加することから、白岩税理士及び中村税理士は、右分割案を再度検討することとなった。

翌一一日、本件相続人らは、別表(二)の第二次分割の内訳のとおり、第二次分割財産を分割し、原告享子と原告キミとの間並びに原告裕巳と原告美嘉子及び木下との間に代償債務・債権関係を生じさせる旨の白岩税理士及び中村税理士の作成に係る遺産分割協議書(乙第五号証。以下「第二次分割協議書」という。)に署名押印した(第二次分割)。

(四) 本件相続人らは、右同日、第一次分割協議書及び第二次分割協議書の結果に基づいて、原告美嘉子、原告裕巳及び木下の相続税の各修正申告書、原告享子の相続税の更正の請求書及び原告キミの相続税の申告書(以下「本件修正申告書等」という。)を作成し、それぞれ被告に提出した。

3  本件各処分の経緯及び根拠

本件各処分の経緯は、別表(三)―1ないし4記載のとおりであり、その根拠は次のとおりである。

(一) 本件通知処分及び本件各更正処分について

本件相続人らの相続税の課税価格の合計額は、別表(四)―1記載のとおり四三億二六〇二万七〇〇〇円であり、原告らの納付すべき相続税額は、別表(四)―2記載のとおりである。

すなわち、相続税の課税価格は、別表(四)―1記載符号<1>ないし<10>の内訳による本件相続人らが相続により取得した財産の価額の合計額(別表(四)―1記載符号<11>)から、相続税法一三条及び一四条(平成三年法律第六九号による改正前のもの)に基づき、同<12>、<13>の内訳による債務等の金額の合計額(同<14>)を控除して純資産価額を求め(同<15>)、これに、相続税法一九条(平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)により、原告享子、原告美嘉子及び原告裕巳が、本件の相続開始前三年以内に亡貴義から贈与により財産を取得したことにより純資産価額に加算すべきこととなる贈与財産の価額(同<16>)を加算し、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項を適用して算出した本件相続人らの各人ごとの課税価格を合計した四三億二六〇二万七〇〇〇円となる(同<17>)。

なお、別表(四)―1記載符号<10>においては、第二次分割の結果、原告享子が原告キミに対して負担することとなった代償金三億八〇〇〇万円のうち、第二次分割において原告享子が取得した積極財産(ただし、別表(二)の第二次分割の内訳記載の原告享子が取得するとされた定期預金既経過利息六五万一二一二円については、原告享子が第一次分割で取得した基本債権たる定期預金に帰属するので、原告享子の相続税の課税価格から控除する代償債務の価額算出の上では考慮しない。)の額に相当する五〇〇万円、原告裕巳が原告美嘉子及び木下に対して負担することとなった代償金二億円のうち、第二次分割において原告裕巳が取得した積極財産(ただし、別表(二)の第二次分割の内訳記載の原告裕巳が取得するとされた定期預金既経過利息一一八万〇九七二円については、原告裕巳が第一次分割で取得した基本債権たる定期預金に帰属するので、原告裕巳の相続税の課税価格から控除する代償債務の価額算出の上では考慮しない。)の額に相当する九五六〇万円は、それぞれ原告享子及び原告裕巳の相続で取得した財産の価額から控除し、原告キミが原告享子から受領する代償金三億八〇〇〇万円のうち五〇〇万円、原告美嘉子及び木下が原告裕巳から受領する代償金各一億円のうち各四七八〇万円については、それぞれ原告キミ、原告美嘉子及び木下が相続で取得した財産の価額に算入している。しかし、右各代償債務の授受のうち、右に記載したもの以外の部分は、第一次分割によって帰属が確定した財産からの贈与であるとして、考慮されていない。

次に、前記課税価格の合計額から、相続税法一五条(平成四年法律第一六号による改正前のもの)により、四〇〇〇万円と八〇〇万円に亡貴義の法定相続人の人数五を乗じて算出した四〇〇〇万円との合計八〇〇〇万円の遺産に係る基礎控除額(別表(四)―2記載符号<2>)を控除して、課税遺産総額四二億四六〇二万七〇〇〇円を求め(同<3>)、これに本件相続人らの各法定相続分(同<4>)を乗じて、通則法一一八条一項を適用して、法定相続分に応じた各取得金額を求め(同<5>)、これに相続税法一六条(平成四年法律第一六号による改正前のもの)、通則法一一九条一項を適用して算出された金額の合計額として相続税の総額二六億三二五二万六五〇〇円を求め(同<6>)、これに、相続税法一七条により、同<1>の本件相続人ら各人の課税価格を課税価格合計額で除したあん分割合(同<7>)を乗じて、本件相続人ら各人の相続税額を算出し(同<8>)、右金額から、原告享子、原告美嘉子及び原告裕巳については、それぞれ相続税法一九条一項かっこ書(平成六年法律第二三号による改正前のもの)により、相続開始前三年以内に右原告らが亡貴義から受けた贈与財産に課せられた贈与税の金額(同<9>)を控除し、原告キミについては、相続税法一九条の二(平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下同じ。)により、別表(四)―3記載のとおり、亡貴義の配偶者として相続税額が軽減される金額(別表(四)―2記載符号<9>)を控除し、通則法一一九条一項を適用して、本件相続人らのそれぞれ納付すべき相続税額を算出し(同<10>)、右算出結果に基づいて、原告享子に対する本件通知処分、原告享子及び原告裕巳に対する本件各更正処分がされている。

(二) 相続税に係る各賦課決定について

(1) 原告享子に対する各賦課決定について

原告享子は、原告享子に対する更正処分により新たに納税すべきこととなった税額の一部につき、課税標準の基礎となる相続財産の一部(割引債券、証券投資信託等)を隠ぺいしたことに基づき申告書を提出していたので、通則法六八条一項を適用して原告享子に対する重加算税の額を算出すると、別表(五)記載のとおり、二〇一一万八〇〇〇円となるところ、右算出結果に基づいて、原告享子に対する重加算税の賦課決定がされ、また、通則法六五条一項を適用して原告享子に対する過少申告加算税の額を算出すると、別表(五)記載のとおり、八六万二〇〇〇円となり、原告享子に対する過少申告加算税の賦課決定額は、右金額の範囲内である。

(2) 原告裕巳に対する賦課決定について

原告裕巳に対する更正処分における納付すべき税額から原告裕巳が被告に対して提出した相続税の修正申告書における納付すべき税額を控除した金額に、通則法一一八条三項、六五条一項を適用して過少申告加算税の額を算出すると六六七万二〇〇〇円となるところ、右算出結果に基づいて、原告裕巳に対する賦課決定がされている。

(三) 贈与税各決定処分について

第二次分割の結果、原告享子及び原告裕巳が、第二次分割によって取得する積極財産の額を超えてそれぞれ負担することとなった債務額三億七五〇〇万円及び五二二〇万円は、原告享子から原告キミへ、原告裕巳から原告美嘉子に、それぞれ贈与されたものであるから、右各金額を原告キミ及び原告美嘉子の平成五年分の贈与税の課税価格とし、それから、相続税法二一条の五に規定する贈与税の基礎控除額六〇万円をそれぞれ控除した三億七四四〇万円及び五一六〇万円に、相続税法二一条の七を適用して算出される金額(原告キミにつき二億五一一八万円、原告美嘉子につき二七六四万円)を納付すべき税額として贈与税各決定処分がされている。

(四) 贈与税に係る各賦課決定について

贈与税各決定処分により、原告キミ及び原告美嘉子が納付すべき各贈与税額二億五一一八万円及び二七六四万円に、通則法六六条一項を適用して原告キミ及び原告美嘉子に対する無申告加算税額を算出すると、それぞれ三七六七万七〇〇〇円及び四一四万六〇〇〇円となり、贈与税に係る各賦課決定は、いずれも右算出結果に基づいてされている。

4  本件各処分に対する不服申立ての経緯(甲第一号証の一ないし四)

本件各処分に対する不服申立ての経緯は、別表(三)―1ないし4記載のとおりであり、原告らは、平成八年九月二〇日、本件各訴えを提起した。

5  相続税法一九条の二第二項に規定する「分割」の意義に関する通達の定め(乙第六号証)

相続税法基本通達(昭和三四年一月二八日直資一〇)一九の二―九(以下「本件通達」という。)は、本文において、相続税法一九条の二第二項に規定する「分割」とは、相続開始後において相続又は包括遺贈により取得した財産を現実に共同相続人又は包括受遺者に分属させることをいい、その分割の方法が現物分割、代償分割(共同相続人又は包括受遺者のうちの一人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の現物を取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人又は包括受遺者に対して債務を負担する分割の方法をいう。)若しくは換価分割(共同相続人又は包括受遺者のうちの一人又は数人が相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部を金銭に換価し、その換価代金を分割する方法をいう。)であるか、またその分割の手続が協議、調停若しくは審判による分割であるかを問わないとし、ただし書において、当初の分割により共同相続人又は包括受遺者に分属した財産を分割のやり直しとして再分配した場合には、その再分配により取得した財産は、同項に規定する分割により取得したものとはならないとしている。

二  争点

本件における争点は、第一に、訴訟手続上の問題として、ある申告につき更正の請求を理由なしとする通知処分(以下「通知処分」という。)と増額更正が行われた場合における、通知処分の取消しを求める訴えの利益の有無に、第二に、本件の各処分の実体上の問題として、第二次分割により原告享子と原告裕巳が負担することとなった代償債務のうち、原告享子と原告裕巳が第二次分割によって取得した積極財産を上回る部分に相当する額を第一次分割により帰属が確定した財産の移転(贈与)あるいは代償債務の他の部分と同様の相続による財産の移転のいずれとみるべきかにあり、これらの点についての当事者双方の主張は次のとおりである。

(被告)

1 ある納税申告に係る通知処分と増額更正処分とは、手続的に別個独立の処分であるが、通知処分が申告税額の減少のみにかかわるのに対して、増額更正処分は納付すべき税額全体にかかわり、実質的に申告税額を正当でないものとし、これに増額変更を加えるものであって、増額更正処分の内容は減額更正をする理由がない旨の通知処分の内容を包摂する関係にあるから、納税者としては、増額更正処分に対する取消訴訟をもって争えば足り、これと別個に右通知処分の取消しを求める利益も必要ないから、原告享子に対する本件通知処分の取消しを求める訴えは、その利益がなく、不適法である。

2 第一次分割は遺産分割として有効であるから、第一次分割の効果として、第一次分割財産として列挙された個々の財産、債務は、それを取得すべきものとされた者に帰属した。

3 第二次分割協議書の冒頭の記載によれば、第二次分割の対象が第二次分割財産に限定されていることは明らかであり、実際に第二次分割において分割の対象とされたものは、第二次分割財産のみである。

4 第二次分割は、第一次分割とは別個の遺産を分割する行為であるが、その一方で、原告享子及び原告裕巳が第二次分割で取得した積極財産を上回る代償債務を負担するという方法により、第一次分割に基づいて各相続人に有効に帰属することとなった相続財産についても、その帰属の確定を維持したまま、その財産的利益に着目してこれを再配分することを目的とするものと認められる。

遺産の再分割において、当初の遺産分割により共同相続人に分属した財産を再分配に供した場合には、その再分配により取得した財産は、当初の遺産分割により当該財産を取得した者から贈与又は交換などによって取得したものというべきである(本件通達ただし書は、この点を注意的に明らかにしたものである。)。

5 仮に、第一次分割が本件相続人により合意解除され、これを前提として、全遺産を対象として第二次分割が成立したものとしても、以下の事実によれば、第二次分割は、配偶者に対する相続税額の軽減の規定を最大限に適用すること及び相続税額の負担を不当に回避することを目的として、殊更に代償分割の形をとったにすぎないものというべきであり、右のような目的のためにされた第二次分割における代償分割は、遺産分割に名を借りた新たな経済的利益の移転(贈与)であり、第一次分割で各相続人に確定的に帰属した相続財産について、その帰属の確定を維持したまま、その財産的利益を再分配したものであるというべきである。

すなわち、共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議を行うことは、法律上、当然には妨げられるものではないが、遺産分割協議の合意解除及び再分割協議で、やむを得ない理由により行われたものでないもの、すなわち、必然的かつ合理的理由もなく共同相続人間の単なる私的事情により行われるものは、遺産分割協議の合意解除及び再分割協議の法形式を利用していても、共同相続人間での自由な財産の移転だけを意図した贈与・交換にほかならないから、本件通達が示すとおり、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因があるか、又は遺産分割協議の合意解除及び再分割協議が真にやむを得ない理由によってされたものであるという事情がない限り、その再分割により取得した財産は遺産分割ではなく、贈与・交換等による新たな財産の移転により取得したものというべきであるところ、次の点に照らせば、第一次分割の解除及び第二次分割はやむを得ない理由によってされたものではない。

(一) 第二次分割は第二次分割財産が査察調査により発覚したため、行われることとなったこと。

(二) 第一次分割の対象となった財産の中にも現金、預金、有価証券等の大谷家の名義に係るもの以外の財産が含まれているのに、あえて代償分割の方法によって分割している上、その代償分割の方法も原告享子及び原告裕巳が第二次分割により取得した積極財産の額をはるかに上回る代償債務を負担するという極めて不自然、不合理な内容となっていること。

(三) 亡貴義は、昭和六〇年六月一四日付けで、公正証書による遺言(以下「本件遺言」という。)をしているが(乙第一号証)、本件遺言は原告キミには一切相続させないものとしており、原告キミによる遺留分の放棄の申述(乙第二号証)、第一次分割の内容及び亡貴義の家系を継ぐ原告享子、原告裕巳及び原告美嘉子に第二次分割財産を相続させるべきであると考えていることがうかがえる原告キミの検察官に対する供述(甲第六号証)は、本件遺言の趣旨に沿うものであるにもかかわらず、第二次分割においては、総遺産の二分の一相当額の財産を原告キミが取得するものとされたこと。

(四) 原告享子は、本件相続が開始する前から、第二次分割財産の存在を認識して、その管理を行っていたものであり、原告裕巳及び木村は、第一次分割財産以外の遺産の存在を察知していたこと。

(五) 原告キミは、遺産分割及び相続税の申告に関することはすべて原告享子に任せていたこと。

(六) 第二次分割は、亡貴義の相続に係る相続税の法定申告期限である平成三年一一月一八日から約一年九か月も経過した後に行われていること。

6 したがって、第二次分割により原告享子が取得することとなる積極財産を上回る部分の原告享子から原告キミに対する代償債務三億七五〇〇万円は、原告享子から原告キミに対して、相続税法九条に規定する贈与により取得したものとみなされる経済的利益を与えたものというべきであり、右代償債務三億七五〇〇万円については、原告享子の相続税の課税価格から控除することはできず、原告キミは原告享子から右経済的利益を贈与されたものとして、贈与税の課税対象となる。

また、第二次分割により原告裕巳が取得することとなる積極財産を上回る部分の原告裕巳から原告美嘉子及び木下に対する代償債務各五二二〇万円(合計一億〇四四〇万円)についても、前記のような事情が認められる第二次分割の一環としてされたものであること及び原告裕巳において第二次分割に伴う原告美嘉子及び木下の相続税額の増額負担を補うことを目的としたものであることからすれば、原告裕巳から原告美嘉子及び木下に対して、相続税法九条に規定する贈与により取得したものとみなされる経済的利益を与えたものというべきであり、原告裕巳の相続税の課税価格から控除することはできず、また、原告美嘉子は原告裕巳から、右経済的利益を贈与されたものとして、贈与税の課税対象となる。

(原告ら)

1 更正をすべき理由のない旨の通知処分と増額更正処分との関係については、明確な解釈が確立していない状態にあり、かかる状況下で、解釈上のリスクを原告らに負担させることは相当ではないから、原告享子について本件通知処分の取消しを求める訴えを維持する。

2 原告キミは、亡貴義から、かねがね、不動産など大谷家の所有名義であることが示されている大谷家の財産については承継させない旨言い渡されていたため、原告キミは相続財産を取得しない旨の第一次分割を成立させたが、第一次分割後に約一九億円相当の第二次分割財産の存在が明らかとなったため、大谷家の所有名義が示されていない第二次分割財産の取得を希望した。そして、原告享子は、この際、原告キミが亡貴義の遺産につき、法定相続分どおりのものを取得するような遺産分割を行いたいと考え、他の相続人らも同様の考えであったことから、法定相続分どおり相続財産の二分の一を原告キミに取得させるように遺産を分割するとの合意が成立し、右合意の内容を白岩税理士及び中村税理士に伝え、白岩税理士及び中村税理士において、第二次分割協議書案及び本件修正申告書等の案を作成したものである。

3 本件相続人らは、白岩税理士及び中村税理士が作成した第二次分割協議書案の内容を検討し、原告キミには大谷家の名義に係る財産は承継させないとの亡貴義の生前の意向と原告キミが法定相続分どおり遺産の二分の一を取得するとの前記本件相続人ら全員の合意の双方を満たし、右合意内容に近づけるべく、原告享子が原告キミに対して三億八〇〇〇万円の代償債務を負担することとし、他方、その結果、新たな財産を取得しないのに相続税のみが増えることになる原告美嘉子及び木下に対する調整を図るため、原告裕巳が両名に対して一億円ずつの代償債務を負担することとした。

4 第二次分割協議書の文言上、その対象財産から第一次分割財産を除くような記載となっているが、これは、第二次分割協議書の原案を作成した白岩税理士及び中村税理士において、当時、共同相続人全員の合意をもって既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を解除し、改めて分割協議を成立させることは法律上可能である旨を判示した最高裁判所平成二年九月二七日第一小法廷判決(民集四四巻六号九九五頁)、第一次遺産分割協議の後、配偶者控除額をはるかに下回る妻の相続分を配偶者控除額に近づけるべく第二次遺産分割協議を成立させた事案につき、再分割協議による妻の持分取得は地方税法七三条の七第一号所定の不動産取得税の非課税事由である「相続による不動産の取得」に該当するから、右取得部分を新たな財産の取得してされた賦課処分を取り消した原審判断を維持した最高裁判所昭和六二年一月二二日第一小法廷判決(裁判集民事一五〇号六五頁)の存在を知らなかったこと、また、本件通達ただし書の定めが存在する以上、税務当局との争いになるのは必定であると考え、第一次分割をやり直すことにはリスクが非常に大きいと懸念していたことによるものであり、第二次分割の対象財産が第一次分割財産に第二次分割財産を加えた亡貴義の遺産全体であったことは、第二次分割の成立の経緯及びその内容に照らして明らかである。

5 第二次分割の対象財産が遺産全体であったことを理論的に構成すれば、次のように解することができる。

第二次分割は、第一次分割を補完する趣旨の下に、共同相続人全員の合意により、第一次分割財産に第二次分割を加えた亡貴義の遺産全体を対象とし、第一次分割の効果をそのまま吸収・包含しつつこれと一体をなして遺産全体の帰属を定めたものである。すなわち、第二次分割では、第一次分割による帰属を改めて確認した上、これを前提として家事審判規則一〇九条による代償金の債務負担行為及び新たな第二次分割財産の具体的分割による現物分割を定めたことになる。このように第二次分割は第一次分割と一体化し、まさに遺産分割を行ったものにほかならないから、原告キミの取得部分は本来的に配偶者控除の対象となるべきものである。このような第一次分割と第二次分割との関係は、更正と再更正の関係について判例が採用する「原更正処分は再更正処分の内容を構成し、これに吸収されて一体となる」という吸収一体説的発想と同じように理解すべきであり(最高裁判所昭和五五年一一月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一三一号一三五頁参照)、第一次分割の効果は失われることなくそのまま第二次分割に吸収されるものである。なお、この見解によるときは、第一次分割財産の相続取得は第一次分割時点に生じている。

なお、右の理が採用できないとしても、第二次分割は、共同相続人全員の合意によって、第一次分割の一部(第一次分割の分割の内容のうち、第二次分割の代償債務に相当する価額部分)を解除した上、遺産全体について分割協議を行ったものである。すなわち、原告キミが法定相続分どおりに亡貴義の遺産全体のちょうど二分の一を取得するとの基本的合意内容に比し、第一次分割において原告キミ以外の本件相続人らが「多く取りすぎていた部分」を吐き出して右合意内容に近づけた遺産分割をする趣旨の下に、共同相続人全員によって、右「多く取りすぎていた部分」の合意解除を行い、原告キミ以外の共同相続人のうち二名が右部分相当額の代償債務を負担することとしたものである。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  通知処分以後に更正がされた場合の取消訴訟の対象

申告納税方式の下においては、納付すべき税額は、納税申告により確定されるべきものとされ、税務署長の行う更正(通則法二四条)は、納税申告に係る課税標準又は税額等を全体として変更し、新たに税額等を確定するものであり、単に納税申告に係る税額を超える部分についてのみの処分ではないと解すべきものであるが、申告納税の趣旨に照らして、納税申告に係る税額等の減額を求めるためには、更正の請求によるべきこととされていることから、更正の請求を経ることなく増額更正の取消しを求める訴訟においては、申告税額等を超える部分のみが取消しの対象となる。

他方、更正の請求は、更正の請求をする理由及び当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事項を記載した更正請求書を税務署長に提出し(通則法二三条三項)、右請求を受けた税務署長において、課税標準等又は税額等について調査した結果(同条四項)、納税申告に係る課税標準等又は税額等が全体として過大であると認めたときは、課税標準等又は税額等を減少する更正を行うこととなり、また、その理由がないと認めたときは、その理由がない旨の通知処分を行うこととなる。したがって、通知処分は、更正の請求をした者の課税標準等又は税額等が全体として納税申告に係る額等を下回ることがない旨を確認する処分ということができる。

そして、更正と通知処分とは別個の処分として、各別に不服審査の対象となり、各別に不服申立期間、出訴期間が進行するものであるが、ともに納税申告に係る課税標準等又は税額等に関する判断であることからすれば、各処分に関する取消訴訟の併存を許容するときは、同一の納税義務の課税標準等又は税額等が二つの処分につき各別に審理、判断されることになるが、これを合理的ということはできない。特に、通知処分と同時に、又はその後にされた増額更正は、全体としての課税標準等又は税額等が納税申告に係る額を超えるとするものであるから、その判断の中には更正の請求を理由なしとする判断が内包されている関係にある。

したがって、少なくとも、通知処分と同時に、又はその後にされた増額更正のように、その内容に更正の請求を理由なしとする趣旨が含まれている場合には、更正の取消しを求めれば足り、通知処分の取消しを求める利益はないというべきである。ただし、右の理は、取消訴訟の対象とすべき処分をいかに画するかの問題にすぎないから、申告額を下回る部分の課税標準等又は税額等の取消しを求めるためには通知処分の確定を遮断すべきことはいうまでもなく、また、更正又は通知処分が申告納税方式を前提とするものである以上、更正の根拠事実又は更正の請求の理由に係る事実の主張、立証責任が右の見解によって影響を受けるものではない。

よって、原告享子には、原告享子に対する更正処分の取消しを求める訴えのほかに本件通知処分の取消しを求める必要は認められないから、本件通知処分の取消しを求める訴えはその利益を欠くものというべきである。

二  共同相続人による遺産分割の再施の法的性質

1  共同相続人は、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を全員の合意によって解除した上、改めて分割協議を成立させることができる(最高裁判所平成二年九月二七日第一小法廷判決・民集四四巻六号九九五頁)。また、現物分割によっては共同相続人間の取得価格の均衡を図れないといった事情があるときは、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対する債務、いわゆる代償債務を負担させて、現物分割に代えることも可能であるから(家事審判規則一〇九条参照)、遺産の一部についての遺産分割協議の成立後に、右遺産分割協議を一旦解除した上で、その対象財産と共に残部を含めた遺産全体について、代償債務の負担を含む再度の遺産分割協議を成立させることも可能と解すべきである。そして、右のような再度の分割協議も民法上の遺産分割協議ということができるから、再度の遺産分割協議が有効に成立した場合には、当初の遺産分割協議によって一旦は帰属の定まった財産であっても、再度の遺産分割協議によって、相続開始の時に遡って相続を原因としてその帰属が確定されることになる。

ところで、既に成立した遺産分割協議の全部又は一部の合意解除の成否は、意思表示の解釈に関する一般原則に従って判断すべきものであるから、明示的な解除の合意が認められる場合に限らず、当初及び再度の遺産分割協議の内容の相違、再度の遺産分割協議が行われるに至った原因、経緯、時期、目的、関係当事者の認識等の諸事情を総合して、再度の遺産分割協議が当初の遺産分割協議の全部又は一部の合意解除を前提として成立したものと認められる場合には、黙示的な合意解除が肯認され得るものというべきであり、他方、解除の合意と目すべき事実がある場合でも、右に掲げた諸事情に照らして、再度の分割協議が当初の分割協議によって帰属が確定した財産の移転を分割協議の名の下に移転するものと認められる場合には、その合意に基づく財産権の移転の効力を肯定することができるとしても、その原因を相続によるものということはできないというべきである。

そして、相続税法は同法に固有の「相続」概念を規定するものではなく、相続税法の適用においても「相続」の意義は民法におけると同様の概念によるべきものであるから、右に説示したことが妥当するものと解すべきである。

なお、法定申告期限後に納税義務の軽重に関する動機の錯誤を理由として納税義務の発生原因となる私法上の法律行為の無効、合意解除を無制限に許容するときは、租税法律関係に著しい不安定をもたらすことになるから、当初の遺産分割協議の合意解除及び再度の遺産分割協議の成否の認定判断に当たっては、その時期及びこれに至った理由、原因が右行為の解釈において重視されるべきものであることはいうまでもない。

2  原告らは、本件における第一次分割の合意解除及び第二次分割の効力について、第一次分割の有効性を前提としつつ、その効果をそのまま吸収、包含しつつ、これと一体をなして遺産全体の帰属を定める第二次分割を想定し、これを申告納税方式における税額確定処分としての更正と増額再更正の関係になぞらえる。

しかし、遺産の一部に対する遺産分割協議と遺産の残余に対する遺産分割協議とが共に有効であり、両者が一体となって全遺産に対する分割協議を構成することと、各分割協議に係る遺産の帰属の確定原因、確定時期とは別個の問題であるから、第一次分割が有効である以上、その効果として、第一次分割財産は相続開始の時に遡って取得すべき者に帰属するのであって、その権利帰属の原因を第二次分割に求める理由も必要もないというべきであり、仮に、第二次分割が第一次分割の対象とされた遺産についての代償分割を含むとすることは、とりもなおさず、第一次分割による財産の帰属の全部又は一部を解除することが前提となるというべきである。しかも、申告納税方式における税額確定処分としての更正と増額再更正との関係においては、納税申告に係る税額という金額をもって表される一つの租税法律関係の確定手続であるが故に、この一つの租税法律関係(納税義務の範囲)を確定する根拠たる処分の統一的処理が必要となるのであって、遺産分割協議の成立によって確定的に帰属が定まる個々の財産について、当該権利の帰属を定めた遺産分割協議を有効であるとしながら、これと異なる遺産分割協議との吸収一体関係を論ずることは、類推の前提を欠くものというべく、その趣旨を善解しても、再度の遺産分割協議が当初の遺産分割協議の黙示的な解除を含む場合があることを説くものにすぎないというべきである。したがって、これと異なり、原告の主張が当初の遺産分割協議の有効を前提としながらそこで帰属が定められた財産を対象とする再度の遺産分割協議との吸収一体を説くものであれば、かかる主張を採用することはできない。

三  第一次分割と第二次分割との関係及び第二次分割の趣旨について

1  証拠(甲第二号証、第四号証の一、第五ないし第七号証、乙第一、第二、第四、第五号証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 亡貴義は、昭和六〇年六月一四日付けの本件遺言を作成したが、その内容は、第一次分割財産のうち砂川国際ゴルフセンターの株式、証券投資信託、マンション(湯沢)、宝石・貴金属、未収金、金延板・金釜・金瓶、家庭用動産・普通乗用車以外の財産につき、預貯金及び現金以外の財産を具体的に特定して、その所有権又は共有持分を原告享子に対しては相続させ、原告裕巳及び原告美嘉子に対しては遺贈することとし、銀行預金を含むすべての預金債権及び現金については、具体的な金額等を特定することなく、三分の一を原告享子に相続させ、各三分の一を原告裕巳及び原告美嘉子に遺贈することとし、債務についても各三分の一の割合で原告享子に相続させ、原告裕巳及び原告美嘉子には遺贈の負担とするものであり、右各原告以外の推定相続人(原告キミ及び木下)については、「それらの者には遺言者がすでに十分な財産分与をしているので、以上のような遺言をした次第である。」と記載されたものであったこと。

(二) 原告キミは平成二年六月一九日、原告享子は同年七月二〇日、それぞれ、東京家庭裁判所において、亡貴義の相続財産に対する遺留分を放棄することの許可を得たこと(乙第二、第三号証)。

(三) 第一次分割協議書には、「遺産目録」として、第一次分割財産を列挙した上で、別表(二)の第一次分割の内訳に記載されているとおり、原告キミを除く本件相続人らがそれぞれ取得する財産が明記され、原告キミについては、「遺産を取得しない。」と明記されていること。

(四) 別表(二)の第一次分割の内訳に記載されているとおり、第一次分割において、原告享子は、合計で九億〇六二一万八〇五〇円相当の株式、証券投資信託、預貯金等の換金性のある財産を取得しており、原告裕巳は、合計で一億八一九八万九九三九円相当の株式、証券投資信託、預貯金等の換金性のある財産及び現金を取得していること。

(五) 原告享子は、亡貴義の生前に前記遺言公正証書の存在を認識しており、また、第二次分割財産を管理し、その内容を同原告以外の本件相続人らに明らかにしていなかったが、第一次分割までに、原告裕巳は原告享子の言動から前記遺言公正証書に掲げられた財産以外に原告享子が亡貴義から数億円の金銭を動かせる程度の財産を託されていると想像し、木下は第一次分割財産以外の財産が原告享子によって秘密裡に管理されているものと疑っていたこと。

(六) 原告キミ、原告裕巳は亡貴義の遺産分割を原告享子に任せており、木下は、第一次分割による取得財産のほかに原告享子から何らかの資金援助を得ることを前提に、第一次分割による取得財産以上の財産の取得を企図していなかったこと。

(七) 第二次分割財産の出現に対応して、すぐに現金になる財産であればきちんと分けてもらいたいとの原告キミの申し出に応じて、本件相続人らは、第二次分割財産をすべて原告キミに取得させ、原告キミの法定相続分である二分の一に不足する分は代償債権により処理することとし、白岩税理士を介して第二次分割協議書の案文の作成が中村税理士に委任されたこと。

(八) 中村税理士は、原告享子から、本件相続人らにおいて協議した結果、原告キミが遺産の二分の一を相続することで基本的合意に達した旨の連絡を受け、第二次分割財産をすべて原告キミが取得しても遺産総額の二分の一に満たないことになるが、それでもやむを得ないと考えていたところ、白岩税理士から、原告キミの取得財産が遺産総額の二分の一に満たないと配偶者の税額軽減制度の恩恵が最大限活かされておらず、本件相続人らにとって最も有利な遺産分割になっていないことになり、相続税の申告を受任した専門職業家としての税理士の高度な注意義務を尽くしたことにならないのではないかとの指摘を受けて再検討したが、当時、共同相続人全員の合意をもって成立した遺産分割協議の全部又は一部を解除し改めて分割協議を成立させることは法律上可能である旨を判示した最高裁判所平成二年九月二七日第一小法廷判決(民集四四巻六号九九五頁)の存在を知らず、第一次分割の全部をやり直すこととする再分割は本件通達ただし書の規定から無理であると考えていたため、代償分割の方法により、原告キミが遺産総額の二分の一を確保するという方法を採用して第二次分割協議書及び本件修正申告書等の案文を作成し、本件相続人らに示して説明し、了解を得たこと。

(九) 第二次分割協議書作成に向けての本件相続人らの協議の際に、中村税理士が検討した案が示され、それらが検討されたが、原告美嘉子及び木下は第二次分割財産を全く取得しないにもかかわらず、税額の負担が増加することから、中村税理士において、原告裕巳が原告美嘉子及び木下に対し、それぞれ一億円の代償債務を負担すれば、原告美嘉子及び木下は、追加税額を納付しても、手取金として、二四〇〇万円ないし三〇〇〇万円程度残る旨提案し、右提案を容れて、第二次分割協議書が作成されたこと。

(一〇) 第二次分割協議書には、分割協議の対象が亡貴義の「遺産(平成三年一一月一二日付けで協議分割したものを除く)」であることが明記され、「遺産目録」として第二次分割財産を列挙した上で、これらの財産につき、別表(二)の第二次分割の内訳に記載されたとおり、本件相続人らがそれぞれ取得する財産が明記されていること。

(一一) 本件相続人らは、いずれも第二次分割に当たり、第一次分割の内容及び第一次分割によって生じた法律効果を維持するとの共通認識を有していたこと。

2  ところで、第一次分割が有効に成立したことは当事者間に争いがなく、第一次分割は、亡貴義の遺産(財産、債務)を列挙した上で、それを分配する、いわゆる現物分割の方法によるものであるから、この分割協議が解除されない限り、第一次分割財産の帰属は第一次分割の成立によって確定したことになる。

そして、右事実関係、特に第二次分割協議書の記載内容及びその作成経過に照らせば、第二次分割協議書は第一次分割協議書を解除することなく、その効力を維持した上で、第二次分割財産のみを対象とする遺産分割協議書として作成されたものというべきであり、その前提として第一次分割協議書の解除が明示的に合意されたと認めることはできない。

3  ところで、当初分割協議と再分割協議がその内容において抵触する場合には、その抵触する範囲で当初分割協議が黙示的に合意解除されたものと認め得べき場合が想定される。

この点を本件の第二次分割についてみると、第一次分割のいかなる部分との抵触を生じているかを特定することはできない上、第二次分割協議の成立過程に照らしても、あえて第一次分割の合意解除という方式を採用しないこととしたというのであるから、両者の内容の対比及び第二次分割合意の成立過程から第一次分割協議を解除する旨の黙示的合意を認めることはできない。

そして、前記認定事実によれば、第二次分割は、第二次分割財産の出現に対応して、原告キミに換金性の高い財産をもってその法定相続分に相応する財産を取得させることを主たる目的として行われたというのであるが、代償債務とは、遺産分割の方法として、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて、現物をもってする分割に代えるもの(家事審判規則一〇九条)であるところ、第一次分割財産中には原告享子が取得した九億〇六二一万八〇五〇円相当の株式、証券投資信託、預貯金等の換金性のある財産が存在したのであるから、第二次分割協議が第一次分割財産をもその対象に含んでいたとすれば、第二次分割における原告享子の原告キミに対する代償債務は第一次分割財産のうち原告享子が取得した換金性のある財産について第一次分割を合意解除し、これを原告キミに取得させることにより目的を達成することができるのであって、関係当事者間に債権債務の履行問題を残す代償債権・債務による調整方法を採用する合理性はないのであり、しかも、原告キミは換金性のある財産の出現により、相応の分配を求めたもので、第一次分割財産に含まれていた不動産の財産価値からの分配を求めたものではないというのであるから、このことからしても、原告キミが不動産等を含む全遺産の二分の一を求める理由は認められず、原告キミが法定相続分に相応する二分の一の財産を当然に取得する根拠もないというべきである。

また、原告美嘉子、木下に対する代償債権の付与は、第二次分割による相続税額の増加に対処するものであったというに止まり、この目的を達成するために第一次分割協議を合意解除し、新たな租税負担を考慮して分割協議を再施することも考えられなくはないが、反面、多額の財産を相続した者がその増加分を贈与することによって負担の調整を図ることも可能であるから、既に説示した点をも考慮すれば、原告美嘉子、木下に対する代償債権の付与についても第一次分割協議の内容と抵触するということは困難であり、第一次分割の合意解除を前提とするものということはできない。

さらに、第一次分割の時点においては、原告享子以外の本件相続人らは第二次分割財産の存在を確実に認識していたものではないが、原告裕巳及び木下はその存在を察知しながら第一次分割に応じたものであり、原告キミ、原告裕巳、木下は分割の内容を原告享子の判断に委ねていたのであり、原告美嘉子も同様であったものと推認されるから、第二次分割財産の出現は第二次分割財産に関する遺産分割協議の必要性を生じさせたとしても、第一次分割の全部又は一部を解除した上で第一次分割財産についての分割協議の再施を必要とさせるものであったということはできず、本件相続人らが、いずれも、第二次分割に当たり、第一次分割の内容及び第一次分割によって生じた法律効果を維持するとの共通認識を有していたことも前記認定のとおりである。

なお、本件遺言が有効であるとすると、本件遺言中の遺贈に係る財産は当該遺贈の効果として移転するのであって、分割協議の対象となるものではなく、また、「相続させる」旨の遺言に係る財産も当該遺言の効果として亡貴義の死亡の時に直ちに移転するものと解されるから(最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁)、本件遺言に掲げられた財産については亡貴義の死亡の時に遺言に従った財産の移転が生じたこととなり、第一次分割は、本件遺言によって帰属が確定した財産につき、その財産を取得した当事者たる原告享子、原告裕巳、原告美嘉子の間で改めて本件遺言と異なる再分配をしたものということになるから、第二次分割をもって遺産分割協議の再施ということはできないこととなり、仮に第二次分割財産が本件遺言の対象に含まれず、また、原告キミの遺留分放棄の申述が本件遺言の対象となった財産のみを前提とするものであるとしても、本件遺言が有効であれば、原告キミは第二次分割財産を取得してなお遺留分が害されるときに、遺留分減殺請求権の行使によって本件遺言の対象となった財産の取得を主張し得ることになるのであって、本件遺言の対象となった財産を含む全遺産につき法定相続分に相応する財産の取得を主張し得るものではないはずである。

右に説示した諸事情を考慮すれば、第二次分割が第一次分割の全部又は一部の解除を前提とし、あるいは第二次分割の内容に第一次分割を黙示的に解除する旨の合意が含まれているということはできず、第二次分割はその表現どおり第二次分割財産のみを対象とするものと解するほかはない。

4  以上によれば、第二次分割は、第一次分割の明示的又は黙示的な合意解除を前提するものではなく、第一次分割とは独立して、第二次分割の分割のみを合意したものであるというべきであるから、第二次分割において、原告享子が原告キミに対し、原告裕巳が原告美嘉子及び木下に対し、それぞれ負担する旨を合意した代償債務のうち、第二次分割において原告享子、原告裕巳が取得することとされた積極財産の額を超える部分は、現物をもってする分割に代える代償債務には該当せず、原告享子、原告裕巳からそれぞれ原告キミ、原告美嘉子及び木下に対して新たに経済的利益を無償にて移転する趣旨でされたものというべきであり、そうであれば、原告享子、原告裕巳の右代償債務のうちそれぞれが第二次分割により取得する積極財産を超える部分については、原告享子及び原告裕巳の相続税の課税価格の算定に当たって、消極財産として控除すべきものではなく、右各部分に相当する原告キミ及び原告美嘉子が取得した代償債権の額は、それぞれ、原告享子及び原告裕巳から贈与により取得したものというべきである。

四  本件各処分の適法性

第二次分割における代償債務のうち原告享子及び原告裕巳が第二次分割により取得する積極財産の額を超える部分につき、原告享子及び原告裕巳の相続税の課税価格の算定に当たり消極財産として控除すべきでないとした場合の原告享子及び原告裕巳に対する相続税及び加算税に係る課税関係が前記第二、一3(一)、(二)記載のとおりとなること、原告キミ及び原告美嘉子が取得した右部分に対応する代償債権につき、これをそれぞれ原告享子及び原告裕巳からの贈与であるとした場合の原告キミ及び原告美嘉子に対する贈与税及び加算税に係る課税関係が前記第二、一3(三)、(四)記載のとおりとなることは、いずれも当事者間に争いがないのであるから、以上によれば、前記第二、一3(一)記載の根拠でされた本件各更正処分、前記第二、一3(二)記載の根拠でされた相続税に係る各賦課決定、前記第二、一3(三)記載の根拠でされた贈与税各決定処分及び前記第二、一3(四)記載の根拠でされた贈与税に係る各賦課決定には、いずれも違法は存しないものというべきである。

第四結論

以上の次第で、原告享子に対する通知処分の取消しを求める訴えは不適法であるから却下することとし、原告享子のその余の訴えに係る本訴請求及びその余の原告らの各本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

別表(一)

被相続人 大谷貴義 相続関係説明図

登記簿上の住所 和歌山県那賀郡那賀町大字北涌四百五番

最後の住所 東京都渋谷区上原弐丁目壱参番壱弐号

<省略>

別表(二)

第一次分割及び第二次分割の内容

<省略>

別表(三)―1

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表(三)―2

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表(三)―3

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表(三)―4

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表(四)―1

課税価格の計算明細表

<省略>

別表(四)―2

税額算出表

<省略>

別表(四)―3

配偶者の税額軽減額の計算明細表

<省略>

別表(五)

享子の加算税の額の計算明細書

<省略>

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